FOOD FOR LIFE, LIFE FOR FUTURE

「きれいごと」のワンヘルスはいらない。私たちの命を支える水と土壌、
そして「崩壊する山河」のリアルな危機

「人の健康、動物の健康、環境の健康は一つ」 いま、この「ワンヘルス」という言葉が国際的なスローガンとして掲げられています。しかし、世間で語られる議論の多くは、野生動物の保護や感染症対策といった、どこか遠くの「きれいごと」に終始していないでしょうか。

私たちが今まさに直面している「環境の健康」の危機は、そんな生ぬるいものではありません。もっと泥臭く、私たちの足元の生存基盤そのものが、一次産業の衰退と、それに乗じる経済の論理によって内側から切り崩されているという現実です。

いま、地方の農地や耕作地は後継者不足で放棄され、荒れ果てています。林業従事者の激減により、本来なら人の手で管理されるべき山林は見放され、間伐もされずに日光が遮られ、立ち枯れた木々や倒木が放置される「死んだ山」と化しています。 その結果どうなっているか。ひとたび近年の激甚化する大雨が降れば、保水力を失った山は一気に崩壊し、大量の土砂とともに凶器となった倒木が濁流となって下流へ押し寄せます。それは人間の集落を襲うだけでなく、河川を埋め尽くし、豊かな水系や海をまたたく間に泥海へと変えてしまう。地域の生態系全体を文字通り「一瞬で圧殺する」災害が、毎年のように日本のあちこちで起きているのです。

そして、この「地元の手で維持できなくなった土地」の隙間に滑り込んでくるのが、外資による国内水源地の買収や、目先の利益を優先した鉱山採掘、あるいは莫大な水を消費し化学物質のリスクを伴う先端IT産業の巨大工場誘致です。
荒廃した山林から流れ出る泥水と、経済活動がもたらす水質汚染のリスク。この二つは根底でつながっています。水や土壌がひとたび死んでしまえば、それを飲む人間だけでなく、その恩恵を受けている農作物、家畜、河川や海の生き物、そしてすべての生態系がドミノ倒しのように崩壊します。これこそが、ワンヘルスが本来向き合うべき「一蓮托生」の現実ではないでしょうか。

最先端のテクノロジーや地域経済の発展を全否定するつもりはありません。しかし、地域の農業や林業を切り捨て、命の源である「水と山」を売り渡し、汚染や災害のリスクと引き換えにして得られる豊かさなど、砂上の楼閣に過ぎません。

今必要なのは、耳ざわりの良い環境論ではなく、農山村の荒廃という構造的欠陥と、その裏で進む水質被害や資源買収の実態にしっかりと目を光らせること。そして、命のインフラを地域の手で守り、再生していく「血の通ったワンヘルス」の実践です。国や企業の都合に、私たちの命の根源を握らせてはなりません。